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2015年5月

赤胴車に続いてお前もか!?【阪神5700系】

▼阪神電鉄では、新型普通用車両5700系を新造し、今年夏以降営業運転を開始すると、3月30日に発表がありました。

◎阪神電鉄HP:http://www.hanshin.co.jp/company/press/pdf/20150330-5700kei.pdf

▼5700系の定員は514名・1編成(4両)、2015年夏に1編成・4両を導入。エクステリアデザインとしては、ステンレスカー車体に、普通車の伝統を引き継いだブルーを配色。ドア部には各駅に停車する普通車のやさしさを表現する円形のグラフィックをデザイン。

▼インテリアデザインとしては、豊かな摂津灘の海をイメージして、床や座席にきらめく水模様をアレンジ。吊手、ドア部の取っ手にも海を連想させるブルーを配色。

▼環境への配慮として、省エネのVVVFインバータ制御(電子回生ブレーキ付)として、既存の5001形と比べて消費エネルギーを約50%削減。客室照明、前照灯、尾灯、標識灯などすべての照明器具をLED化し、消費電力量を削減しました。

▼また、ステンレス製鋼体を採用し、車体外板を無塗装化することで環境負荷を低減しました。

▼万一の事故や急ブレーキ時に、乗客の身を守るため、吊手や握り棒を増設するとともに、座席の中間・端部に仕切板を設置。座席を片持ち式のバケットシートにするとともに、車両間の貫通ドアを全面ガラス化し、車内の開放感を向上させました。

▼マイコン制御方式の冷暖房装置を搭載し、空調運転時には乗客自身によるドアの開閉ボタンを設置しました。

▼ドア上部に32インチハーフサイズの液晶式の車内案内表示器を設置。しかも4か国語での表示となります。フルカラーのLEC式の車外行先表示器を設置するほか、吊手を高い位置、低い位置に加え、さらに低い位置に設置。荷物棚の高さを約2センチ低くし、優先座席付近の座席、つり革を緑色に統一するなど、バリアフリーの充実を図っています。

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まだまだ現役で頑張る5331形

▼5500系が登場してからは、普通車も2通りのカラーとなりましたが、阪神電鉄の普通車といえば、やはりこのブルーとベージュのツートンカラーです。

▼つい先日、優等列車用の8000系では赤胴車が姿を消しましたが、5700系の登場により、この5000系はやがて姿を消すことになるのでしょう。その前に、せっせと記録、記録、ですね。

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5331形の元町方は5334

▼ところで、最近、阪神電鉄の車両の前面には、「”たいせつ”がギュッと。」というキャンペーン活動のイメージロゴが付けられるようになっていますが、これはいらないなぁ。。。

▼今回の動画は、淀川駅にて撮影した、5000系の5001Fと珍しい編成の5331形の5331Fです。電機子チョッパ制御の省エネ車で阪神淡路大震災で被災し生き残った車両です。

▼今日はこの辺で。チャオ。

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あわや正面衝突!?【JR九州特急、緊急停止】

▼重大事故につながりかねない事象のニュースが飛び込んできました。5月22日正午過ぎ、JR九州長崎本線の肥前竜王駅構内で、上りの特急「かもめ20号」が停車している線路に、下りの特急「かもめ19号」が進入し、19号の運転士が手動で緊急ブレーキをかけて停止するという、重大インシデントが発生しました。

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先に停車していた「かもめ20号」と同じ885系(博多駅)

▼運転士が気付かなければ、あわや正面衝突になるところでした。2本の特急の乗客計約230人は無事でした。事象の発端は、どうやらイレギュラーなダイヤ変更による何らかのミスが生じたことによるもののようです。

▼下りの「かもめ19号」は肥前竜王駅の手前で運転士が異音を感じて、その場で約10分間停車。点検を終えて出発したところ、本来は肥前竜王駅の2番線を通過するはずが、すでに上りの「かもめ20号」が停車していた1番線に進入したため、19号の運転士が危険を感じて緊急ブレーキをかけたとのことです。

▼19号も20号も、元々隣の肥前鹿島駅ですれ違う予定であったが、19号のトラブルのせいでダイヤが変更となり、、肥前竜王駅ですれ違うこととなりました。

▼19号は単線区間から駅構内にポイントを通過し、約40メートル進入して停止。本来は19号も20号も肥前竜王駅では2番線を通過することになっていたので、運転指令が20号を1番線に入るようにプログラムを変更。20号は1番線に先に停車中でした。

▼原因はまだ究明されていませんが、運転指令が19号が信号の手前で停止したと思っていたので、19号を信号まで進行させてから、ポイントを1番線から2番線に切り替えるつもりだったのが、実際は19号は信号を越えて停止していたことから、2番線に進入せずに1番線に進入したようです。

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トラブルを起こした「かもめ19号」と同じ787系(博多駅)

▼国の運輸安全委員会では、この事故を「重大インシデント」と認定し、5月23日に鉄道事故調査官を現地に派遣し、JR九州の関係者から聞き取り調査を実施し、また、現場付近の確認も行いました。

▼現場では19号が緊急ブレーキをかけた地点、ポイント、ATSなども念入りに確認しました。19号の停止位置について、運転指令と現場に運転士との間に認識の違いがあり、それにによってなんらかの信号のミスなどが生じたことが原因かもしれません。

▼単線区間から、ポイントと通過して駅構内に進入するので、19号は35キロの制限速度で走行しており、20号を発見してすぐに緊急停止ができたことは不幸中の幸いではありました。

▼今後、運輸安全委員会の調査結果が出れば、原因は明確になるでしょうが、事故というのは、イレギュラーな事象があることなどにより、リスクがどこかに潜んでいることにより起こるものであるだけに、なかなか厄介なものであることは事実ですね。

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鈴之助はいずこへ?【阪神の赤胴車姿を消す】

▼阪神の赤胴車が姿を消すこととなりました。メディア各社の情報によると、5月19日をもって阪神本線から運行を終了したとのことです。現在、赤胴車は8000系一編成のみだったのが、今回この一本も塗り替えられ、プレストオレンジとシルキーベージュのツートンになるとみられます。

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2009年11月、尼崎駅にて

▼阪神の赤胴車のカラーは、1958年に3301・3501形で初めて採用されました。バーミリオンとクリームのツートンカラーに塗られ、当時のテレビドラマ「赤胴鈴之助」から「赤胴車」とネーミングされました。このカラーは特急や急行などの優等列車に充当される列車に塗られ、その後、1984年から1995年まで製造された8000系まで採用されました。

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2014年10月、野田駅にて

▼赤胴車の最終運転は尼崎を13時9分に発車し、13時17分に梅田に到着した特急での運用でした。5000系の「青胴車」はまだ存続の模様。

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2010年1月、高速神戸にて

▼塗り替えられるカラーは、阪神タイガースファンからは非難轟々のオレンジベージュのとツートンです。すでに塗り替えられた8000系はこんなカンジ。

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2014年8月、福島駅と野田駅の間にて

▼「赤胴車」はあとは、武庫川線で頑張っている7890・7990形と7861・7961形の編成のみとなります。

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2012年9月、武庫川駅にて

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▼「青胴車」は当面存続のようですが、近ごろ、5000系の後継車として5700系が発表され、5000系もいつまでも安泰とはいかないようです。車体はステンレス製となり、昭和の風情はなくなりそうです。

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2014年10月、野田駅にて

▼おしまいは、淀川駅で撮影した「赤胴車」の通過風景です。今日はこの辺で。チャオ。

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復活!トワイライトエクスプレス。【団体臨時列車】

▼3月23日にJR西日本のプレスリリースにて発表のあった「トワイライトエクスプレスの」ツアー専用団体臨時列車が今日スタートしました。

◎JR西日本のHP:http://www.westjr.co.jp/press/article/2015/03/page_6984.html

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▼今年3月12日に定期運転が終了した「トワイライトエクスプレス」ですが、あれから2ケ月が経って、今新たにツアー専用団体専用列車としてよみがえりました。

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▼この取り組みは、JRWのプレスリリースによると、2017年(平成29年)春に運行開始が予定されている「トワイライトエクスプレス 瑞風」に引き継ぐまでの間、観光振興の推進につなげる目論見があるようです。もっと簡単に言えば、瑞風運行開始までのつなぎですね。

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▼ところで、今回の「トワイライトエクスプレス」の編成は客室では「スイート」と「ロイヤル」だけの編成で、これに電源車、食堂車、サロンカーを連結した7両編成となっています。

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カニ24形電源車

▼車内サービスとしては、これまでのフランス料理などの食事をグレードアップするとともに、著名なブーランジェ、パティシエがプロデュースしたオリジナルのパンやデザートを提供するとのことです。

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スシ24形食堂車

▼ちなみに、今日(5月16日)に出発したツアー列車は、大阪をでて、琵琶湖を一周し、大阪へ戻り、山陽線で下関に到着、翌日は下関から山陽線で大阪に戻り、琵琶湖一周をして京都に到着するようです。

▼車内での食事は、グレードアップしたフランス料理のほか、パンでは神戸三宮の「サ・マーシュ」、大阪上本町の「パリゴ」、デザートでは「エス コヤマ」、「京都北山 マールブランシュがプロデュースした食材が提供されます。

▼「パリゴ」は近くにあるのでよく店の前を通りますが、「トワイライトエクスプレス」のプロデュースするほど著名とは知りませんでした。

◎「パリゴ」食べログ評価:http://tabelog.com/osaka/A2701/A270205/27007052/

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食堂車にはテーブルにランプが灯されています。

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さまざまなカトラリーが並べられています。

▼そのほか、沿線自治体と連携して、車内や停車時に地元特産品の販売や伝統芸能の実演などのおもてなしが計画されています。

▼ツアーの主催会社は、日本旅行、JTB、クラブツーリズム、阪急交通社の各社です。たとえば、日本旅行のツアーは下関往復(片道は新幹線利用)で、料金は30万円から38万3千円もします。JR九州の「ななつ星」ほどではありませんが、結構なお値段がします。

◎ツアー案内:http://www.jr-odekake.net/navi/kankou/twilight_plan/

▼今回のツアーでもサロンカーでは乗客のお愉しみの一つである乗務員によるアトラクションがあるのでしょうか。

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▼客車は、「スイート」と「ロイヤル」のみの編成なので、スロネフ25形1両とスロネ25形を3両連結することになっているはずです。

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スロネフ25形

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スロネ25形

▼これまでの「ツイン」「シングルツイン」「Bコンパート」は連結されていないので、非常に贅沢な編成となっています。

▼今回は編成から外された車両は次のとおりです。

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オハネ25形(シングルツイン、ツイン)

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オハネフ25形(Bコンパート)

▼これからの運行予定は6月までは決まっていますが、7月以降も今後決まり次第発表がなされるものと思われます。さて、1泊2日コースで2名30万円は高いのか、安いのか。熟年夫婦にとっては惜しくない値段かもしれませんね。

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北陸新幹線の余波はこんなところにも。【Snow Rabbit Exp.】

▼先日の連休は、なぜか新疋田駅界隈をウロウロすることになりました。おかげで、旧の北陸本線の歴史も知ることもできました。

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▼この駅は北陸本線の列車や貨物を撮影するにはもってこいのスポットだということもよくわかりました。3月に姿を消したトワイライトエクスプレスの通過時も多くのファンで賑わったことでしょうね。

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▼新疋田駅の待合室にはファンの写真が多く飾られていますが、トワイライトエクスプレスももちろん飾ってあります。

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▼トワイライトエクスプレスが走らないようになって寂しいですが、この前にはすでに寝台特急「日本海」も姿を消していました。

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もう見ることはない寝台特急「日本海」

▼鉄道の世界も毎年いろいろな変化が起きていますが、今回の北陸新幹線の金沢までの開業により、北陸地域の鉄道はかなりの変動が生じました。新幹線の開通により、並行して走る在来線はJRから第三セクターに移管され、北陸本線の直江津駅から金沢駅までは、「えちごトキめき鉄道」、「あいの風とやま鉄道」、「IRいしかわ鉄道」になってしまいました。やたらひらがなの連発される会社名にはちょっと戸惑います。

▼これまで運行されていた特急列車にもかなりの変化が生じました。金沢・越後湯沢間の「はくたか」、金沢・新潟間の「北越」は全廃。大阪からの「サンダーバード」、名古屋からの「しらさぎ」は金沢以東は廃止。金沢・富山間などの「おはようエクスプレス」も廃止となりました。

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大阪駅に到着した「サンダーバード」

▼「はくたか」はJRWと北越急行の2社での運行となっていましたが、北陸新幹線の開通により廃止となり、使用されていた681系や683系はかなりの余剰となりました。そこで、余剰となった車両は北近畿地区及び南紀地区での特急に転籍となるとの発表がありましたが、現在でも、その余波は現れています。それがその証拠です。

▼子どもの日に、新疋田駅で目撃した臨時特急「しらさぎ」は北越急行仕様のSnow Rabbit Expressが充当されていました。「はくたか」の廃止による余波はこんなところにも出ています。Snow Rabbit Expressを金沢以西で見ることは以前ならなかったことでしょう。

▼新幹線の開通により、いろいろな変化が生じます。移動時間の短縮が図られるメリット、地域での在来線が第三セクターに移管されるデメリットもあって、なかなか評価は難しいものとなっています。しかし、ファンにとっては、珍しい車両の運用も見られるので、これはこれで複雑なものですね。今日はこの辺で。チャオ。

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旧北陸本線の跡を辿って。【柳ケ瀬線】

▼新疋田駅を訪ねることで、現在の北陸本線とは異なる路線があったことを知りました。そこで、今回はその旧線を辿ってみることとしました。

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▼かつての北陸本線の滋賀県境から福井県境にわたっては、現在の木ノ本駅から敦賀駅に向かっていく基本的な方向は変わっていません。しかし、そのアプローチの仕方はだいぶ変わってしまいました。

▼旧の路線は1882年3月に開業し、木ノ本駅から敦賀駅までの間、中ノ郷、柳ケ瀬、雁ケ谷、刀根、疋田の各駅がありました。路線は現在の北陸自動車道とほぼ同じ経路をたどっています。

▼現在の北陸本線は、木ノ本駅を出ると、左カーブを描いて、余呉、近江塩津を経て、新疋田駅へと向かいます。その間、近江塩津駅と新疋田駅の間には深坂トンネルがあり、敦賀へのショートカットが行われています。

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▼旧の北陸本線は、技術も未熟で、トンネルもそんなに長い区間は掘れない。そういう条件で路線が決められました。筆者はその路線を辿ってみました。木ノ本インターチェンジあたりから国道365号を通って、北上しました。365号は余呉湖の方へ左へ大きくカーブしていく北陸本線をオーバーハングしていき、右側には北陸自動車道が寄り添ってきます。

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▼しばらくすると、旧の余呉町役場のある中ノ郷の集落を過ぎ、柳ケ瀬の集落に到着します。

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▼柳ケ瀬のバス停留場。余呉バスが通っていますが、1日に10本にも満たない本数しかやって来ません。

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▼ここにはかつての柳ケ瀬駅があったはずですが、あとかたもありません。

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▼柳ケ瀬を過ぎてしばらく走ると、国道365号と県道140号の分岐点に到着します。右側の県道を行くと、かつての柳ケ瀬隧道に到着します。

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▼このトンネルは旧北陸本線のトンネルでしたが、急勾配、路盤の脆弱さなどから深坂トンネルが掘られ、現在の新線に移ってしまったあと、柳ケ瀬線という支線となりました。さらにバス路線へ転換、バス専用路となり、その後、一部は国道へと変わり、一部は北陸自動車道の路盤に提供されました。

▼柳ケ瀬トンネルは1982年4月に県道として一般開放されました。トンネル入り口には、一方通行のため信号があり、待ち時間の表示装置が設置されています。

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▼トンネルは暗く、狭い。途中、バスが離合用の退避場所があったりします。ここも心霊スポットのようで、深夜には行かない方がよさそうです。柳ケ瀬トンネルの上部には現在の北陸自動車道のトンネルが通っています。

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▼トンネルを通過して県道を下って行くと、刀根の集落に到着します。ここにも駅があったはずですが、いまではわからないです。

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▼県道沿いにはバス停があります。ここは愛発(あらち)の刀根区との表示があります。

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▼県境を越えて、こちらは福井県。バスも滋賀県とは異なり、敦賀コミュニティバスの路線です。

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▼こちらのバスも、敦賀方面には平日で1日6本。日祝日には3本しかきません。そのうちの1本がやって来ましたが、だれも乗せずに、Uターンしていきました。

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▼強烈なダイヤですね。まさに過疎の村。

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▼県道140号は北陸自動車道と並行して麻生口で別れ、県道は国道8号線に合流します。国道8号線をしばらく走って、疋田駅のあった集落で国道161号線に合流。この交差点で左に折れて、新疋田駅に向かいました。新疋田駅の北側では国道の改良工事が行われ、隘路になっていたJRの下をくぐるトンネルが狭いものから拡張された広いものに変わっています。

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▼ずいぶん走りやすくなったことでしょうね。右側が旧のトンネル、左側が新しいトンネルです。

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▼またまた、新疋田駅に到着。

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▼今回は、駅舎の中を撮影してみました。鉄道ファンが自分で撮影した写真を飾っているようです。

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▼次回は、この辺りでは珍しい編成のアレを撮影しましたので、ご紹介したいと思います。今日はこの辺で。チャオ。

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普通列車は1時間に2本。しかし、特急は4本も通過。【新疋田駅】

▼北陸本線新疋田駅は近江塩津駅と敦賀駅の中間に位置する山深い駅です。ここに停車する列車は日中は上下とも1本しかありません。まさに、ローカル線の駅です。

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姫路行き新快速、225系4両編成。

▼ホームの佇まいも静謐な感じです。谷間にあって川のせせらぎが聞こえるのみです。

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▼今の時期からは陽射しもきつくなり、夏は暑いでしょうが、こんなものがあります。

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▼ホームの両脇にスプリンクラー設備でしょうか。ということは、冬場はかなり極寒のスポットになるようです。

▼ところで、この駅が撮影場所として良い点は、まず、人が少ない。さらに、通過列車の時間をダイヤで調べないでも、信号機、中継信号機、踏切の音で接近がすぐわかることです。下の中継機は、まだ、停止だから、列車は来ません。

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▼中継機がこのように現示されると、進行ですから間もなく列車が接近します。

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▼さらに、上りホームは線路を渡るので、踏切があり、列車の接近により、踏切が鳴り出します。ホームにも接近を知らせる表示器が設置されています。

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▼接近音は上りホームが「かっこう」、下りホームが「エリーゼのために」となっています。

▼さて、旅客列車以外にも、貨物列車も通過して行きます。たまたま、レッドサンダーの愛称なるEF510形です。20両のコンテナ貨物車をけん引して敦賀から上がってきました。

▼225系の新快速の発着風景もどうど。

▼ローカル線の風情、特急列車の行き合う幹線の風情、貨物列車の通過する駅など。新疋田駅はいろいろな風景を見せる駅です。今日はこの辺で。チャオ。

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なぜに「新」が付くのか?【新疋田駅の秘密】

▼北陸本線の近江塩津駅と敦賀駅との間の山深いところにある「新疋田駅」。「新」と付くにはこの駅の生い立ちの秘密があります。

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▼北陸本線のこの区間は近江の国から越前の国に抜ける交通の要衝ではありますが、山深く勾配もきつくて難所の1つとなっていました。当初の北陸本線は、木ノ本駅から現在の北陸自動車道とほぼ同じルートで、中ノ郷、柳ケ瀬、雁ケ谷、刀根を通って、疋田へと向かっていました。途中、柳ケ瀬トンネルなどのトンネルを経て、現在の北陸本線とつながることとなっていました。

▼この柳ケ瀬トンネルは、まだ土木技術も未熟な時期に作られたもので、断面が小さく、勾配もきつかったようです。1884年4月に柳ケ瀬トンネルが開通し敦賀へは結ばれたものの、柳ケ瀬トンネルは勾配がきつく、列車が立ち往生することが多々ありました。豪雪地帯でもあり、冬には雪崩が多発しました。虫の異常繁殖で線路上の虫を押し潰すと、その油分で車輪が空転することもありました。

▼また、柳ケ瀬トンネル内での乗務員の窒息事故が多々起こっていたこともあり、新線の検討がなされることとなりました。新線は結局、昭和恐慌、第二次世界大戦などにより、なかなか実現されずにいましたが、1953年の深坂トンネルの完成を経て、ようやく1957年10月に開通し、木ノ本、余呉、近江塩津、新疋田の各駅が開業しました。

▼深坂トンネルが「新疋田」駅の秘密のカギを握っています。

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▼ログハウス風の駅舎は2006年に建てられ、その横にある建物が旧の駅舎の一部のようです。

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▼一方、旧の北陸線はどうなったかというと、柳ケ瀬線として支線になりました。当時、日本一の赤字路線として日本中に有名となり、廃止について議論が起こり、まず、敦賀・疋田間が休止、その後全線が廃止となりバス路線へ転換されていきました。

▼こうしてみてくると、疋田駅が元々あって、その後、新線の開通により、新駅ができたため、「新」疋田という名称になったことがわかります。明治時代にできた柳ケ瀬ルートは勾配がきつく、地形的に厳しい条件のため、深坂トンネルが掘られ、新線のルートが開通したことにより、こうした事情が生じたことがわかりました。

▼現在の列車は性能もよく、昔に比べてはるかにきつい勾配でも難なく上ってこられます。新疋田駅を通過する特急列車も、スムーズに何食わぬ顔で、近江塩津から、また、敦賀から駆け上って来て降りて行きます。

▼続いては、特急「サンダーバード」の通過シーンと225系新快速姫路行きの到着風景です。深坂トンネルを出て、敦賀へ駆け下りて行くシーンもある動画です。

▼なかなか、駅の名前を調べると、面白いことがわかります。今日はこの辺で。チャオ。

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撮影地としても有名な駅に行ってきました。【新疋田駅】

▼最近ドライブが続いてまして、何十年ぶりかに湖北の国道161号を北上し、鉄道ファンには非常に有名なこの駅に行ってきました。

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▼北陸本線の新疋田駅です。ここは敦賀と近江塩津の間にあり、無人駅となっています。駅舎は新しいようで、ログハウス風になっています。待合所に入ると、鉄道写真のギャラリーなどがあり、まさに鉄ちゃんの聖地といったところでしょう。

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▼場所を示しとこうなります。

▼無人駅ではありますが、パークアンドライド用に駐車場が完備してあります。トイレもバリアフリー対応のものが設置されています。

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▼ホームは2面2線です。写真の左側のホームが敦賀方面行きホーム、右側が近江塩津方面行きです。真ん中の線路は上りの通過列車専用です。

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▼JRWの線区ですが、この駅から北は管轄が金沢支社敦賀地域鉄道部となります。この駅舎は2006年10月に敦賀までの新快速乗り入れに伴い供用が開始されました。それまでは長浜駅・敦賀駅間は交流電化区間だったのが直流化に方式を変更しました。そのため、新快速が乗り入れることが可能となりました。

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確かに敦賀地域鉄道部の管轄です。

▼無人駅ではありますが、新快速が停車します。ただ、1日の平均乗車人数は30人足らずです。完全な過疎の駅です。現在の停車列車は上下線とも1時間に1本程度です。(朝夕は少し増えます。)

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▼近江塩津駅側はすぐにトンネルになります。深坂トンネルです。また、北側に敦賀駅側には有名なループ線が配置されています。敦賀方面からの上り列車がきつい勾配を避けるためにループ線を駆け上ってきます。

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深坂トンネル入り口

▼この駅には怖い話が噂されているようです。深夜に北陸トンネル内で火災を起こした「きたぐに」が音もなくスーっと入って来るそうです。

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▼ホームはかなり長い距離がありますが、カーブしており、狭いので危険そうです。さすが、撮影のスポットだけあって、多くの鉄道ファンが訪れるのか、4両編成の停車区間を除いて立ち入り禁止になっています。また、三脚の使用も禁止となっています。

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▼上りホームには踏切を渡る必要があるため、注意しないといけません。

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▼さて、ここでしばらく動画などを撮ってみました。次回はそのあたりを。また、この駅がなぜ「新」と付くのかも考えてみたいと思います。今日はこの辺で。チャオ。

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