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軍師を訪ねて、91.8kmを走破する。【山陽電気鉄道5000系】

▼阪神電車の撮りテツの最後は、正確には阪神ではなく、コレです。いま、大河ドラマでは話題の黒田官兵衛のイラストが描かれたヘッドマークを掲出して上がってきました。

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▼山陽電鉄の5000系は、当時主力であった3000系の後継車両として、また、並行して走る国鉄の117系や113系にも対抗する必要があり、開発が進められました。さらに、国鉄民営化への対応から、旧性能車の代替や冷房化などのサービス向上も急務となりました。そこで、当時の私鉄としては、あまり例を見ない普通列車用のセミクロスシート車として誕生することとなりました。

▼1986年に3両編成の7編成が川崎重工業で製造され、デビューを果たしました。車体はアルミ合金大型・薄肉中空押出形材を自動溶接で組み立てる方式を採用。運転台は高運転台となっていますが、車掌台側は前面窓の大きさは運転台側より大きく左右非対称となっています。

▼主制御器はVVVFインバター制御ではなく、省エネ性能である界磁添加励磁制御式が採用されています。駆動装置はWNドライブとなっており、1次車及び2次車では、台車は円筒案内式ダイレクトマウント空気ばね台車を採用しています。

▼編成は、当初の3両編成から4両編成、6両編成へと長大化していきました。現在は4両編成及び6両編成で固定化されています。

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▼撮影した5609Fは、2次車として、当初、クハ5609+モハ5019+クモハ5018で編成されていました。その後3次車のモハ5201+モハ5200+サハ5507を挟んで6両編成となっています。車体の側面と全面は警戒色の赤色が帯状に塗られており、シルバー車体のアクセントとなっています。

▼登場からは、普通車運用、特急運用を経て、1991年4月の明石周辺の立体高架工事の完成で、6両編成の運用となり、1次車から順次各世代の車両が組み換えされていきました。阪神淡路大震災を経て、1998年2月から姫路・梅田間の直通特急の運転が開始され、いまや、山陽電鉄を代表する顔となっています。

▼これで、暑い最中に撮影した阪神電車シリーズはおしまいです。そうこうしているうちに、なんだか涼しくなってきました。夏らしくない、雨ばかりが印象に残る今年の夏でしたが、今年の秋はどうなりますやら。

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コメント

5000系のシートはふわふわすぎて、
個人的にはいまひとつ…(^^;。

投稿: るーと | 2014年8月31日 (日) 00時52分

るーとさん。

直特に乗る時は、
阪神車両が多いので、
あまり実感がないです。
三宮までだと立ってることが
多いし・・・

投稿: kumoha313 | 2014年8月31日 (日) 08時40分

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